ICBA was founded over 30 years ago by Opal Dunn to support bilingual Japanese children through Bunko (mini-library). Find out more about us and our history.

ICBAについて

ICBAの成り立ち ICBAの成り立ち

英語圏からの帰国子女の子供たちのために、英語のミニ図書館としてだんだん文庫が1977年、東京にオープンしました。この国際文庫のアイデアはすぐにフランス語、ドイツ語にと広がり1979年には東京に国際児童文庫協会の本部が設立されました。今日、ICBAは世界中のIC文庫の新設、活動を支援しています。

Double children Double children

IC文庫はふたつのアイデンティティーと言語を持つバイリンガルもしくはdouble childrenとして育ちつつある次世代の日系の子供たちが必要としているものを反映しています。
他の日系の子供や親たちといっしょに絵本を借りて読んだり、 紙芝居や季節の行事を楽しみながら、子どもたちは自然に日本語を身に付けていきます。また、バイリンガルの子どもたちは文庫で話すことによって弱い方の言語を補い、日本の文化に親しんでいきます。
英国支部(ICBA  UK)は支部長と運営委員で運営され、現在、36の日本語文庫(約350家族、約550人のおもに2歳から9歳の日系の子供たち)がイングランドからスコットランドまで広い範囲で活動しています。

英国支部(ICBA UK) 英国支部(ICBA UK)

英国支部(ICBA UK)は支部長と運営委員で運営され、現在、36の日本語文庫(約350家族、約550人のおもに2歳から9歳の日系の子供たち)がイングランドからスコットランドまで広い範囲で活動しています。
UKのIC文庫で行なっている日本語での会話や日本文化の伝承は、子どもたちが日本語補習校に入ってもスムーズに勉強していかれるための準備ともなっています。
各IC文庫はリーダーとお母さんたちが協力して運営しています。運営は定期的に開かれるリーダー連絡会や東京本部からのニュースレター、グループメール、専門家のレクチャーなどにサポートされています。

世界の文庫 世界の文庫

ICBAはすぐれた外国語(海外では日本語)の本を子どもたちに読み聞かせ、ともに楽しむことで外国語(海外では日本語)の維持や文化への理解を育む文庫活動を支援する非営利団体です。
現在、日本では英語、フランス語、スペイン語の文庫が合わせて10文庫、海外(イギリス、オーストラリア、中国、ドイツ、フランス、アメリカ、ブラジル、インドネシアなど)では日本語の文庫が50文庫余り活動しています。
海外初の日本語文庫である こりす文庫は、 1983年に、だんだん文庫の創立者でICBA名誉会長の英国人ダン夫人の英国帰国に伴ってロンドンで開設されました。

子どものための草の根支援:3/11東日本大震災 子どものための草の根支援:3/11東日本大震災

2011年3月11日に東日本を襲った大震災と津波のニュースに接したUK支部のあちこちの文庫では、子ども達の学校や地域のコミュニティと一緒に被災地支援のための募金イベントなどを即刻企画し、 相当な額の募金が集まりました。地域の日本人は言うまでもなく英国人からの多大な支援があったのは、日頃から地域でのネットワークが育っていた賜物です。この未曾有の大災害の復興は一朝一夕に遂げられるものではありません。ICBAは特に幼い子ども達をお互いに顔が見える形で、長期にわたって支援したいと考えました。それが「草の根支援」と名付けた所以です。

支援先や支援方法が決まるまでに約2ヶ月がかかりましたが、友人のアメリカ人を通して出逢ったのが,岩手県山田町龍昌寺の清水誠勝ご住職の管下にある保育園でした(山田町第一保育所、豊間根保育園、織笠保育園)。

ご住職は大変ユニークな方で、最初に支援のためには何を送るのがよいかを電話で伺うとすぐに『子どものための英語の絵本』というお答えでした。保育園の子ども達は英語を習っている由です。龍昌寺が決まる以前、震災直後に集まった支援金は赤十字を通じて被災地に送りましたが、その後は「草の根支援」に専念しています。

主としてMrs.Dunn が選んだ絵本を、毎年3月11日には三つの保育園に届けており、また文庫の子ども達の手作りカードも3月11日,クリスマス・新年などに送るのですが、山田町の子ども達からも同じように手作りカードや写真などが送られて来て、楽しいカードによる交流を続けています。ご住職はこのカードを「友情カード」と名付けて下さいました。被災地訪問や被災地からのイギリス訪問が実現する日があることを楽しみにしながら、このささやかな交流が続くことを願っています。

(森嶋瑤子記)